秋涼の候/金木犀

もうひと月ほど前から、朝、眩しさと暑さで目覚めるようなことはなくなっていたのだけれども、今日は目が覚めた瞬間に肌寒さを感じ、いよいよほんとうに秋が来たんだなあと思いながら、まだ夏物の掛布団を引っ張り上げて、枕に顔をこすりつけた。木曜日。

この時期になると街角でも金木犀の花をちらほら見かけるようになり、人々は口口にその匂いを誉めそやすのがそれ自体もう風物詩と言えば風物詩。しかしわたしは昔から、なぜだか金木犀の匂いがぴんとこない。そもそも昔から、嗅覚がさほど良くないというのもあるけれど、それにしたってこの季節、皆が口を揃えてその名を唱えるような強烈で印象深い匂いを、いまだにきちんと覚えられないのはどういう訳か。たとえばその橙色の、一つ一つが星屑みたいに微細で可憐な花に顔を寄せ、香りを鼻腔から吸い込めば、確かに匂いはわかるんだけど、わかった次の瞬間にはもうすぐに忘れてしまうし、そのせいなのかそれともただ鼻が悪いのか、道を歩いていて自らその風物詩を実践する機会がない。でもあの花は結構そこら中に咲いているし、わかる人には数十メートル離れていてもわかるくらいの匂いだというから、どこか適当な場所で口に出してみても、案外失敗はしないのかもしれない。やり方は大体わかる。おもむろに立ち止まり、ちょっと顔をあげて、瞼を下ろし気味にして、鼻をひくつかせる。でもそれじゃあ、風情がないね。いつかわたしもその台詞で、秋の訪れを感じてみたい。

「あ、金木犀の匂いがする」